土地売買契約における確定測量図交付の約定
土地売買に際し、売買契約書において「売主は、買主に対し、隣地所有者の立会いを得て、本件土地の確定測量図を交付する。」旨の条項が入れられることがあります。
買主としては、購入後の境界に関する紛争がないことの確認が得られることのメリットがありますし、分筆するために必要なこともあります。売主としては、確定測量図を交付することを理由に売買代金を高くするよう交渉できる可能性があります。
売買契約における確定測量図交付の約定について、名古屋地裁平成31年3月26日判決及び控訴審・名古屋高裁令和元年8月30日判決・判例時報2483号30頁は、確定測量図に隣地所有者の署名押印がないことを理由に、売主の債務不履行を認めています。
地主の方が土地を売却する際には十分にご注意いただきたいと思います。
名古屋地裁平成31年3月26日判決
⑴ 本件売買契約4条2項に基づく確定測量図の交付義務に関し、原告が作成した確定測量図は、境界立会書や確認書にAの署名捺印を得た上で作成されたものではないことは当事者間に争いがないところ、原告は、実際に法務局が同確定測量図を有効な確定測量図として認めている以上、そもそも隣地所有者の立会は不要である旨主張する。
しかしながら、本件売買契約4条2項は、売主である原告において、残代金支払日までに、「隣地所有者等の立会いを得て」作成された確定測量図を交付することを明文で定めているから、同条項所定の確定測量図は、実際に隣地所有者等の立会いを経て作成されたものを指すと解すべきである。そうしたところ、Aは立会確認書や確認書に署名押印をしておらず(前記認定事実⑸)、ほかにAが実際に立会いをしたことを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。この点、証人Kは、当法廷において、Aが立会いをしていた旨証言するが、実際にAが立ち会っているのを同人自身が確認していたのかは明確ではないし、いずれにせよ、同証言は客観的な裏付けを欠くものであるから、直ちに同証言を信用することはできない。
また、仮にAが立会いには応じていたとしても、買主としては、実際に隣地所有者が立会いを行ったか否かという点や、立会いの結果、境界につき承諾をしているか否かを自ら確認することは容易でないことからすれば、「隣地所有者等の立会いを得て」というのは、単に隣地所有者に対し物理的な立会いの機会を与え、その上で確定測量図を作製すれば足りるものではなく、立会いの結果確定された境界につき、書面による承諾を得る義務を課す趣旨であると解すべきであるところ(実際にも、原告はその他の隣地所有者からは、境界立会図や確認書につき署名押印を得ていることは、前記認定事実⑷のとおりである。)、原告は、本件において、Aからはそのような書面による承諾を得ていないことは前述のとおりである。
したがって、いずれにせよ、原告は、本件売買契約4条2項にいう「隣地所有者等の立会いを得て」確定測量図を作成し、被告に交付すべき義務につき、履行の提供をしていたとはいえない。
⑵ 以上に対し、原告は、既に隣地所有者の立会いを経て作製された平成27年の確定測量図が存在し、分筆登記も可能であるから、本件においてはそもそもAの立会いは不要であり、そう解さなければ、平成27年の確定測量図は無意味なものとなるため、不合理な結果となる旨主張する。
しかしながら、仮に平成27年の確定測量図により分筆が可能であったとしても、原告は、本件売買契約の締結時に、特段の留保を付すことなく、4条2項所定の義務を負うことを原告に約している以上(前記争いのない事実等⑷)、原告は被告に対し、改めて、隣地所有者の立会を得て作成された確定測量図を交付する義務を負ったものと解するのが当事者の合理的意思に合致するというべきである(実際にも、原告自身、当初はAからも署名による承諾を得る必要があると考え、その取得に向けて行動していたことは、前記認定事実のとおりである。)。 分筆を可能とするような確定測量図がほかに存在することにより、原告が、本件売買契約4条2項の明文に反し、隣地所有者の立会いを得る義務を免れるものとは解されない。
また、前記認定事実⑴のとおり、平成27年の確定測量図は、本件土地ではなく502番の土地について、同土地の前所有者であるGの立会いを得て作製されたものである。しかしながら、本件売買契約締結時には、同土地の所有者は同人からAに移転しているところ、本件売買契約締結時の「隣地所有者」とは、Aを指すものと解するのが自然である。
実質的にみても、過去に旧隣地所有者の立会を得て確定した境界であっても、その後所有者が交代した場合、新たな隣地所有者が何らかの理由で立会いに応じないという事態や、あるいは、立会いには応じたものの、書面の作成には応じないなどといった事態が生じ、境界につき現在の隣地所有者の書面による承諾を得た上で作製された 確定測量図を買主に交付できないというときには、そのような事態が生じていること自体、当該件の商品価値を低下させるものであると考えられるから、そのようなリスクを回避するために、買主において、改めて、現在の隣地所有者の立会いを得た確定測量図の作製を求めることが必ずしも不合理であるとはいえない。実際にも、本件においては、越境をめぐるトラブルを理由として、512番の土地との境界につきAの書面による承諾が得られなかった結果、 最終的に、原告は、当初の価格(7500 万円)よりも1割以上も減額された6600万円で第三者に本件土地を売却することを余儀なくされているが(前記認定事実⑼)、被告としても、事前にそのような状況が判明していたのであれば、7500万円という価格で売買契約を締結していなかった可能性は否定できない。他方で、まさにこのような不測の事態に備えて、隣地所有者の立会いを得た確定測量図が作製できないことが事後的に判明した場合には、売主の側でも債務不履行責任を負わない旨の特約(特約1)が設けられていると解されるのであって(前記争いのない事実等⑵)、上記のように解しても、直ちに売主に不測の損害が生じるとはいえない。
したがって、平成27年の確定測量図が存在し、Aの書面による承諾がなくとも分筆登記が可能であるという事情も、前記判断を左右するものではない。
⑶ 原告は、Aは境界の位置自体に異議を唱えていたわけではない以上、「境界についての紛争」は存在しないとして、本件 売買契約4条2項の定める確定測量図の作成に当たって、Aの書面による承諾は不要である旨も主張する。
しかしながら、いかなる理由に基づくものであれ、隣地所有者が書面による承諾を拒んでいるという状態自体が減価要因となり得ることは前記⑵において認定説示したとおりである。また、実際にも、隣地所有者がどのような理由で書面による承諾を拒んでいるかは、買主にとって常に客観的に明らかであるとは限らないし、個別の事案ごとに、承諾を拒む理由に照らして「境界についての紛争」の有無を判断し、書面による承諾の要否が決せられるものと解する場合、買主は不安定な地位に置かれることになるが、本件売買契約4条2項の文言や、立会いを得た確定測量図が作成できない場合には、その理由を問わず、売主に無条件で解約権が認められていること(特約 1)に照らし、同条項が原告の主張するような解釈を採用しているとは解し難い。
⑷ 以上によれば、原告は、本件売買契約4条2項に定める義務を履行しなかったことになるから、本件売買契約の解除に当たって必要な弁済の提供をしていないことになる。それゆえ、被告が本件売買契約の残代金を支払わなかったことに違法性はなく、被告には債務不履行はないことになるから、原告による解除の意思表示は有効とはいえない。したがって、被告による債務不履行を前提とする原告の本訴請求には理由がないことになる。
他方で、原告は、本件売買契約4条2項所定の確定測量図の交付を残代金支払期日である平成29年7月28日まで行わず、その後も、被告による催告期間内にその履行の提供をしなかった以上(被告がその間、残代金支払につき履行の提供をしていたことは当事者間に争いがない。)、原告の債務不履行により、平成29年10月20日の経過をもって、本件売買契約は有効に解除されたことになる。したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告は、被告に対し、契約解除に伴う原状回復義務に基づき、受領済みの手付金375万円を返還すべき義務を負う。
(弁護士 井上元)