連件申請の場合の司法書士の責任に関する東京地裁平成25年5月30日判決
連件申請とは何か?
例えば、A所有名義の不動産をBに売却し、Bが所有権移転登記を受ける前にCに売却した場合、AからBへの所有権移転登記の申請と、BからCへの所有権移転登記の申請を同時に行うことができます。
これを連件申請といい、法務局は、Bへの所有権移転登記を行ったうえでCへの所有権移転登記を行います。
連件申請の場合の司法書士の責任
このような連件申請に関して司法書士の責任について判断した東京地裁平成25年5月30日判決(判例タイムズ1417号357頁)があります。
事案の概要
上記の事案で、AからBへの所有権移転登記手続は、Bから依頼された司法書士Y1が行い、BからCへの所有権移転登記手続は、Cから依頼された司法書士Y2が行ったところ、売主Aは、本当のAではなく、Aを騙った他人であり、その登記済証も偽造されたものであったため、Cは当該不動産の所有権を取得できませんでした。
そこで、Cは、Y1及びY2に対して、2億6000万円余りの損害賠償請求を行いました。
判決内容
本件は、移転登記手続が連件申請の方法により行われ、前件と後件の登記手続を代理する司法書士が異なる事案であるところ、このような場合に、前件と後件の登記手続を代理する各司法書士が、連件申請で移転登記を経由することになる後件の登記権利者(後行の登記手続を依頼した者)に対して、前件の登記手続書類の真否を調査すべき義務を負うか否かについて検討する。
前件を担当した司法書士Y1の責任
「 司法書士は、登記手続を依頼された場合、依頼者の用意した書類が偽造、変造されたものであるか否かについては、原則として調査すべき義務を負わないものと解すべきである。これは、依頼者が司法書士に対して登記手続を依頼する本旨は、その所期する登記の速やかな実現であり、そもそも物権変動に係る法律関係の当事者でない司法書士においては、特段の事情のない限り書類の真否を知り得る立場にはないし、当事者の取引や内部事情に介入することはその職分を超えたものであって、書類の真否といった事柄は、本来的に依頼者において調査確認すべきものといえるからである。
しかし、司法書士は、①特に依頼者からその真否の確認を委託された場合や、②当該書類が偽造又は変造されたものであることが一見して明白である場合のほか、③司法書士が有すべき専門的知見等に照らして、書類の真否を疑うべき相当な理由が存する場合には、依頼者に対して、依頼者の用意した書類の真否について調査すべき義務を負うと解される。すなわち、司法書士法は、司法書士の制度を定め、その業務の適正を図ることにより、登記等に関する手続の適正かつ円滑な実施に資し、もって国民の権利の保護に寄与することを目的として制定され(同法1条)、司法書士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならず(同法2条)、他人の依頼を受けて登記又は供託に関する手続について代理するなどの事務を業として行うことが認められ(同法3条)、しかも、法定の資格を有する者のみが司法書士となり得るのである(同法4条)。これらの規定の趣旨に照らすと、司法書士には、国民の登記制度に対する信頼と不動産取引の安全に寄与すべき公益的な責務があるものと考えられ、具体的な登記手続の受任に当たっても、依頼者としては司法書士の高度な専門的知識や職業倫理に期待を寄せているといって過言ではないし、司法書士としても、具体的な事案に即して依頼者のそのような期待に応えるべきであって、専門的知見を駆使することによって依頼に関わる紛争を未然に防ぐことも、登記の速やかな実現の要請とも相俟って、依頼者との委任契約上の善管注意義務の内容となり、若しくはこれに付随した義務の内容となり得るというべきであるからである。
このように、前件の登記手続を受任した司法書士は、その依頼者に対して、上記のとおり一定の場合に限って、前件の登記手続書類の真否を調査すべき義務を負うところ、依頼者ではない後件の登記権利者に対して、同内容の調査義務を負うか否かについて検討する。
不動産登記法上、登記手続をする場合、原則として登記義務者の登記識別情報を提供しなければならないが(同法22条)、本件のように連件申請がされたときには、後件の登記手続の際に提供すべき登記識別情報が提供されたものとみなされる(不動産登記規則67条)。このように、連件申請においては、前件と後件の登記手続が密接な関連性を有しており、前件の登記が完了することが後件の登記のために必要となることに加え、上記のとおり司法書士が公益的な責務を負っていることからすれば、連件申請であることを知って前件の登記手続を受任した司法書士は、その依頼者(前件の登記権利者かつ後件の登記義務者)に対してだけではなく、委任関係のない後件の登記権利者に対しても上記調査義務を負うというべきであり、かかる調査義務を怠って後件の登記権利者に損害を生じさせた場合には、後件の登記権利者に対して不法行為責任を負うものと解するのが相当である。」
そして、Y1については、損害の一部補填及びCの過失9割とし、2400万円余りの損害賠償を命じました。
後件を担当した司法書士Y2の責任
「 次に、後件の登記手続を代理する司法書士が、依頼者(後件の登記権利者)に対して、前件の登記手続書類の真否について調査すべき義務を負うか否かについて検討する。
この点、原告は、連件申請の場合、前件の登記がされなければ後件の登記ができないため、後件の登記手続について委任を受けた司法書士は、前件の登記手続を代理する司法書士と同様に前件の登記手続書類の真否について確認する義務を負うと主張する。
しかしながら、上記(1)のとおり、登記手続書類の真否については本来的に依頼者において調査確認すべきものであり、登記手続を代理する司法書士は一定の場合に限って、委任を受けた登記手続の手続書類について、その真否を調査すべき義務を負い、前件の登記手続を代理する司法書士がいる場合には、前件の登記手続書類の真否については、前件の登記手続を代理する司法書士が一定の場合に調査義務を負っているのであって、登記の速やかな実現の要請を考慮すると、連件申請の場合であっても、後件の登記手続を代理する司法書士が、一律に、前件の登記手続を代理する司法書士と重複して、前件の登記手続書類の真否について調査義務を負うと解するのは相当とはいえない。そして、実務上も、連件申請の場合にあって、後件の登記手続を代理する司法書士が、前件の登記手続書類についてもその真否を確認することが一般的であると認めるに足りる証拠もない。
そうすると、登記手続が連件申請の方法により行われる場合において、前件の登記手続を代理する別の司法書士がいるときは、後件の登記手続を代理する司法書士は、原則として、前件の登記手続書類については、前件の登記が受理される程度に書類が形式的に揃っているか否かを確認する義務を負うに止まるというべきであって、前件の登記手続書類の真否について確認することを依頼者との間で合意したか、前件の登記手続を代理した別の司法書士が、その態度等から、およそ司法書士としての職務上の注意義務を果たしていないと疑うべき特段の事情がない限り、前件の登記手続書類の真否について調査すべき義務を負わないものと解するのが相当である。」
そして、Y2については、請求を棄却しました。
補遺
上記判決の後に出された東京地裁平成27年12月21日判決も、連件申請の場合、後件の登記のみの申請代理を受けた司法書士は特段の事情のない限り前件の登記義務者の本人確認をする注意義務はないと判断しています。
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(弁護士 井上元)