建物所有を目的とする土地使用貸借の終了に関する裁判例
土地や建物を貸し借りする場合、多くは賃料の授受があり、賃貸借と言います。これに対し、親族間や特別な人間関係がある場合、無償で貸し借りすることがあり、これを使用貸借と言います。
使用貸借の終了事由については、①契約で定めがあるときはその定めによりますが(民法597条1項)、②契約に定めのない場合は、契約に定めた目的に従い使用及び収益を終わった時、もしくは使用収益を終わる前であっても使用及び収益をするのに足りる期間を経過し、貸主が返還を請求した時となります(同条2項)。
建物建築を目的とする土地の使用貸借については、終了が認められると借主は建物を撤去しなければなりませんので、借主の債務不履行でもない限り、短期間で終了が認められることは、なかなかありません。
そこで、「使用及び収益をするのに足りる期間を経過」により使用貸借終了が争われることになり、この点につき判断した裁判例をご紹介します。
裁判例
最高裁昭和45年10月16日判決
次のように判示して、使用貸借の終了を認めた原判決を取り消し、差し戻しました。
「思うに、本件土地の使用貸借は、借主の事業目的である伝道、礼拝等のための礼拝堂を建築所有することを目的として成立したものであるが、本来使用貸借は、賃貸借と異なり無償の法律関係であることにかんがみると、右礼拝堂が朽廃するか、礼拝堂の事業目的が終了しないかぎり当然に使用貸借が終了しないと解すべきではなく、契約成立の時より相当の期間が経過した場合には貸主に返還請求権を認めるべきこと、原判決の説示するとおりである。しかしながら、その期間の経過が相当であるか否かは、単に経過した年月のみにとらわれて判断することなく、これと合わせて、本件土地が無償で貸借されるに至つた特殊な事情、その後の当事者間の人的つながり、借主の本件土地使用の目的、方法、程度、被上告人の本件土地の使用を必要とする緊要度など双方の諸事情をも比較衡量して判断すべきものといわなければならない。」
最高裁平成11年2月25日判決
次のように判示して、使用貸借の終了を認めなかった原判決を取り消し、差し戻しました。
「土地の使用貸借において、民法597条2項ただし書所定の使用収益をするのに足りるべき期間が経過したかどうかは、経過した年月、土地が無償で貸借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的つながり、土地使用の目的、方法、程度、貸主の土地使用を必要とする緊要度など双方の諸事情を比較衡量して判断すべきものである(最高裁昭和44年(オ)第375号同45年10月16日第二小法廷判決・裁判集民事101号77頁参照)。
本件使用貸借の目的は本件建物の所有にあるが、借主が昭和33年12月ころ本件使用貸借に基づいて本件土地の使用を始めてから原審口頭弁論終結の日である平成9年9月12日までに約38年8箇月の長年月を経過し、この間に、本件建物で借主と同居していた太郎は死亡し、その後、貸主の経営をめぐって○○と借主の利害が対立し、借主は、貸主の取締役の地位を失い、本件使用貸借成立時と比べて貸主である○○と借主である○○の間の人的つながりの状況は著しく変化しており、これらは、使用収益をするのに足りるべき期間の終過を肯定するのに役立つ事情というべきである。他方、原判決が挙げる事情のうち、本件建物がいまだ朽廃していないことは考慮すべき事情であるとはいえない。そして、前記長年月の経過等の事情が認められる本件においては、借主には本件建物以外に居住するところがなく、また、貸主には本件土地を使用する必要等特別の事情が生じていないというだけでは使用収益をするのに足りるべき期間の経過を否定する事情としては不十分であるといわざるを得ない。」
東京地裁平成28年7月14日判決
上記最高裁判決に従い、次のように判示して使用貸借の終了を認めました。
「1 争点(1)(本件使用貸借契約につき使用収益をするのに足りる期間が経過したか。)について
⑴ 土地の使用貸借において、民法597条2項ただし書所定の使用収益をするのに足りるべき期間が経過したか否かは、経過した年月、土地が無償で貸借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的つながり、土地使用の目的、方法、程度、貸主の土地使用を必要とする緊急度など双方の諸事情を比較衡量して判断すべきものであるが、使用貸借に基づく使用開始から長年月が経過し、その後に当事者間の人的つながりが著しく変化したなどの事情が認められる場合、借主に他に居住するところがなく、貸主に土地を使用する必要等特別の事情が生じていないというだけでは、使用収益をするのに足りるべき期間の経過を否定する事情としては不十分というべきである(最高裁昭和45年10月16日第2小法廷判決・集民101号77頁、最高裁平成11年2月25日第1小法廷判決・集民191号391頁参照)。
⑵ これを本件についてみると、上記前提事実および証拠(略)並びに弁論の全趣旨によれば、貸主は、昭和26年に国から払下げを受けて本件土地の所有権を取得して以来、昭和33年ないし昭和43年に○○建物を住居として使用した期間を除き、自らこれを使用したことがなく、○○、○○、○○ないし借主に無償で使用させてきたもので、本件建物2の建築以降に限ってみても既に43年もの長期間が経過しており、この間、貸主が本件土地から何らの収益も得ていない一方で、借主は本件土地を自宅や○○病院の診療所である本件各建物の敷地として十分に有効活用し、相応の利益を得てきたことが認められる。
また、貸主は、国から本件土地の所有権を取得したものの、払下げの手続を○○が主導し、貸主自身は取得代金を負担しなかったこともあり、本件土地の使用方法は専ら○○ないし○○が決定してきたもので、貸主が昭和43年に結婚を機に○○建物から退去して以降も、○○、○○および借主の自宅や○○病院の診療所の敷地として無償で使用されることについて貸主が異議を差し挟むことは想定されていなかったところ、○○の死後、その遺産分割協議において○○の遺産のほとんどを借主が取得したことや、○○が平成17年に遺産の全部を借主に相続させるとの公正証書遺言を作成したことなどもあって、不公平感を募らせた貸主は、本件土地の上記状況を変更すべく、平成20年に借主を相手方として本件土地の使用料の支払を求める本件調停を申し立てるに至り、借主がこれに応じず同調停が同年8月○○日に不成立により終了すると、今度は○○が貸主に対し、貸主の本件土地の所有権を否定して本件登記訴訟を提起するなど、本件土地を巡って貸主と○○および借主との関係が悪化していったことが認められ、本件使用貸借契約の前提となる当事者間の人的つながりに著しい変化が生じたものというべきである。
⑶ そうすると、他方で、本件各建物が借主の自宅兼仕事場であり、借主が他に居住する場所や動物病院を開設する場所を有していないこと、貸主は本件土地とは別に住居を有しており、本件土地を自ら使用する緊急性・必要性は認められないこと、本件登記訴訟が○○により提起されたもので借主は直接の訴訟当事者ではなかったこと、借主が○○病院の手術室を確保するために本件建物3に地下室を増設したことにつき、貸主がこれまで異議を述べていなかったことが認められるほか、借主○○は動物病院の運営のために借主が設立したものであり、その本店を本件土地に置くことにつき貸主の承諾ないし同意を得ることを要するとは認め難いこと、本件契約書は、作成日付等に関する借主らの主張に一定の合理性が認められ、その筆跡等を十分検討してみても、借主が偽造したものとはにわかに認め難いことなど、借主らが指摘する諸事情を十分考慮してみても、本件使用貸借契約の当事者間の信頼関係の破壊や人的つながりの著しい変化を否定し、本件土地の使用収益をするのに足りるべき期間の経過を否定する事情としては不十分というべきである。
⑷ 以上を総合すると、本件使用貸借契約は、その目的たる本件土地の使用収益をするのに足りるべき期間が経過したものと認められるから、借主は、貸主に対し、本件土地を直ちに返還しなければならないと認めるのが相当である。」
コメント
建物建築を目的とする土地の使用貸借については、親が所有している土地上に子が建物を建築するという形態が多いものと思われます。この場合、親の死亡により、土地を使用している子が敷地を相続できれば問題はありません。
しかし、種々の事情により、兄弟姉妹間、他人間で土地の使用貸借が成立している場合、その処理をめぐって紛争が生じることもあります。争いがある場合には上記裁判例を参考にしてください。
(弁護士 井上元)