「振り込め詐欺」の送付先登録と瑕疵担保責任の成否

 不動産取引において、心理的要素に基づく欠陥が「隠れたる瑕疵」に該当するか否かが争いになることがあります。

 東京地裁平成2791日判決(判例タイムズ1422278頁)は、「振り込め詐欺」の金員送付先住所として警察庁等のホームページにおいて公開されていたことが「隠れたる瑕疵」が争いとなったものです。珍しい案件なのでご紹介します。

東京地裁平成2791日判決

事案の概要

① 原告は不動産仲介業者である被告Y2及び被告Y3の仲介により被告Y1から事務所を借りてインターネット販売等の事業を行っていたが、同事務所の住所はいわゆる「振り込め詐欺」の金員送付先住所として警察庁等のホームページにおいて公開されていた。

② 原告は、これは同事務所の「隠れたる瑕疵」にあたり、この瑕疵のため、ネット販売の売上げが著しく減少して同事務所から転居を余儀なくされるとともに、信用を毀損されたなどと主張して、被告Y1に対しては瑕疵担保責任または不法行為に基づき、被告Y2及び被告Y3に対しては不法行為または債務不履行に基づき、それぞれ損害賠償請求をした。

判決の内容

瑕疵担保責任について

判決は次のように述べて請求を棄却しました。

「建物賃貸借における建物の「隠れた瑕疵」(民法570条、559条)には、建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等を原因とする心理的瑕疵も含むと解するのが相当であるが、本件賃貸借契約が貸室を事務所として使用するための事業用賃貸借契約であり、その主たる目的が事業収益の獲得にあることに照らせば、本件事務所に心理的瑕疵があるといえるためには、賃借人において単に抽象的・観念的に本件事務所の使用継続に嫌悪感、不安感等があるというだけでは足りず、当該嫌悪感等が事業収益減少や信用毀損等の具体的危険性に基づくものであり、通常の事業者であれば本件建物の利用を差し控えると認められることが必要であると解するのが相当である。

 これを本件についてみると、過去において本件住所が振り込め詐欺における金員送付先住所として使用され、その旨が警察庁により公表されて注意喚起を求められているという事実は、一般的・抽象的にいえば本件事務所で行われる事業の収益性、信用性などに重大な影響を与える可能性があるということができ、現に、原告は原告のバイヤーとなることを希望する者からの本件住所に関する懸念を伝えるメールを受信しているのであって(証拠略)、原告が本件事務所の使用継続に嫌悪感等を覚えたことは理解できるところである。

 しかしながら、詳細に検討すると、①本件事務所に関連する振り込め詐欺については、テレビ、新聞などで報道されたと認めるに足る証拠はなく、警察庁のホームページ等を確認しなければ本件事務所に関連して詐欺犯罪があったと認識することは極めて困難であったと解されること、②警察庁のホームページ等において振り込め詐欺関連住所が公表されている事実は必ずしも一般に周知されているとはいえず、ネット販売事業を営みインターネット上の情報に相当程度精通していると考えられる原告もこの事実を知らず、警察庁のホームページ等を確認することなく本件賃貸借契約を締結していること、③インターネット販売において顧客が販売業者の信用性を判断する際には、当該サイトにおいて公表されている購入者による当該業者の評価が重要視され、顧客が販売業者の住所を精査した上で購入するかどうかの判断を行うことは希であると思われること、④本件事務所については、原告退去に伴う原状回復工事の終了後、1か月余りで新たな賃借人が決まっているが(証拠略)、その賃料は本件賃貸借契約の月額賃料より1000円高く(証拠略)、また、その賃貸借契約締結の際には本件住所が振り込め詐欺関連住所としてネット上に出回っていたことなどが重要事項として説明されていること(略)、以上の各事実が認められるのであって、かかる事実に照らせば、本件住所が振り込め詐欺関連住所として警察庁により公表されていたという事実は、原告の事業収益減少や信用毀損に具体的な影響を及ぼすものとは認められず、また、通常の事業者であれば本件事務所の利用を差し控えるとまではいえないものと解される。」

債務不履行責任もしくは不法行為責任について

 これについても次にように述べて請求を棄却しました。

「事業用事務所の賃貸借契約の締結にあたり、特段の事情がない限り、当該事務所の賃貸人及び同賃貸借契約の仲介業者において、当該賃貸物件につき過去に犯罪に使用されたことがないかについて調査・確認すべき義務があるとは認められない」

コメント

 居室内で自殺した者がいた場合、焼死者が発生していた場合、居室が相当長期間にわたって性風俗特殊営業に使用されていた場合、マンション建設用地の売買において近隣に暴力団事務所が存在する場合などについて、売買目的物の物質的ないし法律的な欠陥ではなく心理的要素に基づく欠陥がある場合についても「隠れたる瑕疵」に該当するとして瑕疵担保責任の成立を認め、また売主に契約上の告知義務違反を認めた判例が相当数あります。

 本件は、これを否定した事例です。

(弁護士 井上元)

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