市民病院の売店に借地借家法の適用を認めた神戸地判令和元.7.12
建物内の一区画を賃貸借の対象としている場合、借地借家法上の「建物」か否かが争われる場合があります。この点につき、神戸地裁令和元年7月12日判決が、市民病院内における売店につき判断しました。更新拒否の「正当事由」についても判断しており参考になりますのでご紹介します。
神戸地裁令和元年7月12日判決
事案の概要
① 原告は、市民病院を運営している独立行政法人であり、被告は、原告から市民病院地下1階の区画を賃借して売店等を運営している株式会社である。
② 賃貸借の目的である売店部分は三面を壁に囲まれ、その他の一面の開口部全面に開閉式シャッターが設置されている。営業時間中の売店部分では、棚上に食品、書籍及び日用品等が陳列されているほか、冷蔵庫内に飲料等が陳列され、従業員による対面販売がされている。売店部分の他に、自動販売機設置場所も賃貸借の対象とされている。
④ また、別途、公衆電話設置場所についても賃貸借契約が締結されている。
⑤ 原告は、平成29年9月、被告に対し、賃貸借契約の更新を拒絶する旨の通知を書面により行った。同書面には、更新拒絶理由として、市民病院の赤字解消に向けた収益改善並びに老朽化した食堂部分のリニューアル及びコンビニエンスストアの設置等による患者サービスの向上と職員の福利厚生の充実のため、北館地下1階フロアを全面改修することとした旨記載されていた。
判決
本件各区画が借地借家法上の「建物」といえるか
建物の一部であっても、障壁その他によって他の部分と区画され、独占的排他的支配が可能な構造・規模を有するものは、借地借家法26条1項にいう「建物」であると解すべきである(最高裁判所昭和42年6月2日第二小法廷判決・民集21巻6号1433頁参照)。
ア 前提事実によれば、自販機部分及び電話部分は、いずれも西市民病院内の通路にあり、障壁等により他の部分と区画されていないから、独占的支配が可能な構造・規模を有するとはいえず、「建物」には該当しない。
イ 前提事実によれば、売店部分は、いずれもその三面を壁で区画され、残り一面に開閉式シャッターが設置されており、同シャッターを閉めることにより他の部分と明確に区画される構造である。加えて、売店部分の床面積は合計8.07平方メートルであることからすれば、売店部分は、独占的排他的支配が可能な構造・規模を備えている。
したがって、売店部分は「建物」に当たるというべきである。
これに対し、原告は、売店部分は直接外部に出入りすることのできる通用口がないため「建物」に当たらない旨主張するが、前提事実によれば、売店部分は、西市民病院の関係者及び患者等多数人が通行する通路により外部と通じていることが認められるから、前記判断を覆さない。
原告は、売店部分は、本件賃貸借契約1の定め等により、使用目的が売店として特定されていること、原告に立入検査権があること、原告の公共目的が優先されるべきこと等を指摘する。しかしながら、「建物」に該当するか否かは、前記のとおり、独占的排他的支配が可能な構造・規模を備えているか否かという客観的事情を中心として判断されるべきであるから、原告の主張は前記判断を左右しない。
本件各賃貸借契約が一体の契約として「建物の賃貸借」であるといえるか
ア 前提事実によれば、本件各区画はいずれも本件建物内にあり、そのうち売店部分は、本件各区画の中にあって相対的にまとまった面積を占めているほか、その至近に5台分の自販機部分が存在する。このような事情等に照らすと、本件各区画相互の関係は、一般にみられるような、店舗とその店舗外の自動販売機設置場所及び公衆電話機設置場所との関係に類似するということができる。
前提事実のとおり、売店部分及び自販機部分についての本件賃貸借契約1は1通の賃貸借契約書に記載されている。前提事実~によれば、電話部分に係る本件賃貸借契約2は、本件賃貸借契約1に係る契約書とは別の契約書により締結されているものの、その条項は、公衆電話の運営に特有のものを除き本件賃貸借契約1と基本的に同一である上、本件各賃貸借契約の締結手続は1度の機会に行われている。
一般的に、同一建物内の売店と自動販売機とでは、提供商品の構成を調整するなどの営業内容の関連性があり得るほか、売店、自動販売機及び公衆電話相互間についても、売店の従業員が自動販売機や電話機の保守管理を行うといった管理上の関連性等があることが想定される。本件各賃貸借契約が同一機会に締結されたことなどからすると、原告と被告との間においても、本件各区画間のこのような関連性を念頭において本件各賃貸借契約が締結されたとみるのが合理的である。
さらに、前記認定事実(5)によれば、原告は、平成30年初め頃、本件各区画以外の建物部分に係る西市民病院内の売店運営並びに自動販売機及び公衆電話の設置を基本業務内容とする運営事業者を公募した際、院内既設の公衆電話10台の運営を継続すること等を契約の条件とするなど、上記各基本業務内容を同一事業者が営業することを前提としていたほか、運営事業者と締結する契約種別として借地借家法38条に規定する定期建物賃貸借契約を予定していた。
イ 以上のような本件各区画の位置、規模及び関連性、本件各賃貸借契約の内容及び契約締結状況並びに本件各賃貸借契約と類似する契約の内容等を総合すると、原告と被告との間では、被告が本件各賃貸借契約を一括して締結することが前提条件となっており、しかも、売店部分は、本件各賃貸借契約における重要部分であったということができるから、本件各賃貸借契約は、一体の契約として「建物の賃貸借」に当たるというべきである。
ウ これに対し、前記認定事実(2)によれば、本件賃貸借契約1の賃料額を定めるに当たり、売店部分と自販機部分の内訳を算出したことが記載された書面が契約書とは別に作成されていたことが認められ、原告は、このことを論拠として売店部分と自販機部分の賃貸借契約が別個のものであると主張する。
しかしながら、前提事実のとおり、本件賃貸借契約1に係る契約書にはその合計賃料額のみが記載されており、上記内訳は貸付要綱等の原告の内規による算出過程を記載したにすぎないというべきであるから、上記事情をもって直ちに上記各部分の契約が別個であったということはできない。
原告は、本件各区画は、互いに他の区画の付属施設でもなく、欠くことのできない区画でもないと主張するが、前記アのとおり本件各区画には様々な面での関連性がうかがわれる。
正当事由
原告は、かつて神戸市が西市民病院を運営してきた経緯や、その後も神戸市がその運営に間接的に関与していること等を様々に指摘して、本件各区画の使用について「公共目的」が優先されるべき旨主張する。
しかしながら、地方自治法上の目的外使用許可に基づく法律関係と、本件各賃貸借契約による法律関係とは当然異なるものである。本件各賃貸借契約が目的外使用許可当時の条件と同様の内容を合意したものであることを考慮しても、借地借家法上の正当事由の判断に当たり、原告側の使用の必要性が常に優先するということはできない。原告の主張する「公共目的」の内実は、前記のとおり西市民病院内の付随的設備である売店等のリニューアルにすぎないのであって、その必要性を殊更に重視して正当事由の有無を判断することは相当でないというべきである。
そして、原告が本件各区画を使用する必要性が高いとはいえない一方、被告がこれを使用する必要性は相応に高いことのほか、本件各区画が改修を必要とするほど老朽化していたと認めることはできないこと(略)、原告が本件訴訟上被告に対して立退料の支払提示をしていないことなどからすると、本件更新拒絶には、正当の事由があると認めることはできない。
コメント
上記判決が引用している最二小判昭和42・6・2も併せて紹介しますので参照してください。
最二小判昭和42・6・2民集21巻6号1433頁
建物の一部であつても、障壁その他によつて他の部分と区画され、独占的排他的支配が可能な構造・規模を有するものは、借家法一条にいう「建物」であると解すべきところ、原判決の引用する第一審判決の確定した事実によれば、本件建物の(イ)(ロ)部分は、それぞれ障壁によつて囲まれ独占的支配が可能な構造を有するというのであるから、原判決が(イ)(ロ)部分の賃貸借に対抗力があると判断したことは正当であつで、所論の適法は認められない。
(弁護士 井上元)
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