賃貸借継続の和解と明渡し執行
建物賃貸借において、借主の賃料滞納により家主が賃貸借契約を解除し、建物明渡しを請求する訴訟を提起した後、借家人が滞納賃料を支払って、賃貸借契約を継続する旨の和解をすることもあります。
その場合の和解条項案、更に賃料が滞納された場合の処理について説明します。
和解条項案
- 原告(貸主)及び被告(借主)は、本件建物についての本件賃貸借契約が、引き続き存続していることを確認する。
- 被告は、原告に対し、令和〇年〇月以降本件賃貸借契約終了まで1か月〇万円の割合による賃料を支払う。
- 被告が、前項の支払いを2回以上怠り、その額が〇万円に達したときは、本件賃貸借は当然解除となり、被告は、原告に対し、本件建物を直ちに明け渡す。
- (その他は省略)
(※ 園部厚「和解手続・条項 論点整理ノート」新日本法規140頁参照)
失権条項
上記和解条項の3項は、借主が賃料の支払いを遅滞したときは、契約解除の意思表示を要することなく、賃貸借契約が当然に解除される内容となっています。このような条項を「失権条項」と言います。
これに対し、「被告が、前項の支払いを2回以上怠り、その額が〇万円に達した場合には、原告は何らの催告を要せず賃貸借契約を解除することができる。」とすることもあります。この条項の場合、家主が賃貸借契約を解除するためには解除の意思表示を行うことが必要です。
しかし、その時点で借主が所在不明となっておれば解除の意思表示到達の問題もありますので、失権条項があった方が有利となります。
一方、失権条項により賃貸借契約が解除されても、明渡し請求をしないまま放置しておれば、賃貸借継続を認めたものと解される余地がありますので、失権条項がある場合には、きちんと明渡しを求めることが必要かと思われます。
賃料滞納の場合の明渡し執行の可否
失権条項のある和解調書に基づいて建物明渡しの強制執行を申立てる場合、単純執行文の付与を受けて強制執行を行うことができます(「執行文に関する書記官実務の研究(設例問題研究の概要)」司法協会117頁)。
失権条項のない和解調書に基づいて建物明渡しの強制執行を申立てる場合、家主は、条件成就執行文付与の申立てを行い、その際、解除権行使の意思表示を証明する必要があります(同書119頁)。
失権条項と信頼関係破壊法理との関係
訴訟上の和解や調停で上記のような合意がされた場合、賃貸借契約の解除関する信頼関係破壊の法理との関係が問題となります。
この点、失権条項が和解や調停において合意された場合、その効力は一般的に有効とされ、個別具体的な事案において、信頼関係破壊の法理をもとに当然解除の効力が否定されることになります。
例えば、借主による請求異議訴訟において、提起最高裁昭和51年12月17日判決・民集30巻11号1036頁、東京高裁昭和55年5月29日判決・判例タイムズ419号96頁、東京地裁昭和57年6月29日判決・判例タイムズ481号77頁は解除の効果を否定しています。
和解で賃貸借契約を継続する場合に参考にしていただければと思います。
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(弁護士 井上元)